新生児と母親受け入れ支援

2011年5月23日 (月)

旅立ち

2iwama 出産後、アパートで過ごされていたIさん親子。

ゆりちゃんもとても元気ですよ。

1iwama 新しい住まいの用意ができましたって、盛岡から釜石に向います。

元気でね、また会いましょう。

新生児とその家族の受け入れ緊急支援も終息に向います。

たまたま乗ったタクシーの運転手さんの娘さんも仙台から盛岡に一時的に避難してきたとのこと。親のところに居るけれども、お互いストレスがたまって大変とこぼしていました。

そうでしょうね。

盛岡市つどいの広場や子育てサポートセンターの存在を紹介しましたが、個別に避難してきている人には情報が伝わっていないことに気づかされました。

内陸地にあってまだまだできる支援が沢山あります。中期、長期に自分たちにできる支援に移行していきます。

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2011年4月27日 (水)

サンセール盛岡の瀬川支配人

Segawa 東日本大震災新生児と母親受け入れ支援として、初期の緊急対応の役目も一段落の感じです。産後ケアセンター的な役割を果たしてくれたサンセール盛岡の瀬川支配人にご挨拶に上がりました。

盛岡も停電や食料・灯油不足の不安の中、受け入れていただき、本事業がどこよりも早く対応ができました。

卓上ガスコンロで宿泊客のご飯を炊いた話、水に浮くキャンドルで食堂の明かりを取ったことなどエピソードをきかせていただきました。スタッフ一丸となって取り組んでいただいたことで避難してきた母子と家族が安心して滞在できました。ありがとうございました。

今も、被災地の高校生の受け入れ、他県の警察官の受け入れとお忙しそうでした。

また、利用者が出たときにはよろしくお願いします。

新生児と母親の受け入れ支援で沿岸のコミュニティの濃さを感じさせてもらいました。幸いなことにほとんどの方が親族を頼って受け入れてもらっているようでした。でも限界もあるでしょうから、次の段階の支援も想定しておく必要もあるでしょう。

いわて子育てネットは、本来0歳から就学前の子とその家族の子育て支援を行っています。これからの東日本大震災被災者支援も対象を広げ、被災した沿岸地域に出向き「出前つどいの広場」開設と事業を展開させていきます。

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2011年4月19日 (火)

ほ~ら、元気よ

釜石からサンセール盛岡に避難してきていた、IさんとTさん。Yuriko

15日に優琳子(ゆりこ)ちゃん、 Kanae_2

16日に奏(かなえ)ちゃんが吉田産婦人科で元気に生まれました。 もちろん、お母さんも元気です。

いつまでも、見ていたい赤ちゃんの寝顔です。口元が緩んでしまいます。

よかった、よかった、ありがとう、ありがとう。

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2011年4月14日 (木)

惺成くん

Sena 名須川町のアパートから日赤に再入院したMさん、11日に凛々しいお顔の男の子が生まれました。

惺成(せな)くんです。

みんなで待ってたよ。

宮古に帰っても元気でね。いつか会おうね。

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2011年4月10日 (日)

産まれたら知らせて

名須川町のアパートで過ごしていたMご夫婦。奥さんは出産のため日赤に入院、ご主人は宮古の会社の復興のために出社ということもありアパートを出ることになりました。

お父さんとおじさんを亡くしたというMさん、「でも見つかったんで・・・」とかすかに笑顔。「向こうでは、見つかって拍手なんです」・・・言葉がありません、頷くだけです。

代車で来ましたと、車の中にはお友達からいただいたコンビラックが。産まれたら知らせてと私、産まれたら写メ送ってとアパート大家さんのIさん。

うん、前に進もう。

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2011年4月 2日 (土)

サンセールへ二組

二組の妊婦さん、お産を間近に控え釜石病院から盛岡の吉田産婦人科に。

被災された上にお産で入院できない状況だという。

二組ともアパートに即住めるように準備しましたが、まずは、サンセールで休んでもらいました。

IwamaYサポーター(右側)は、受付手続きや生活面でのサポート、本部との連絡などをします。Yさんは看護師の経験があるのでご家族も安心。

ここまで来る状況を聞きました。迫り来る波から逃れたこと、すぐ横に居たお身内が波にのまれていった事、お産のために別の場所に待機していた奥さんが三、四日前に検診に行って病院から入院はできないことを告げられたこと、ご主人が必死に情報を集め、子育てネットの支援を知り、病院に掛け合い盛岡の吉田産婦人科を紹介され、吉田先生(実は子育てネットの理事)から子育てネットに連絡という経緯がわかりました。

釜石病院では本支援事業を知らなかった(とても余裕が無いのだと思います)ようだということで、早速、理事長村井先生から釜石病院の産科の先生に支援事業の説明をしていただきました。もう一度、被災地の病院、市町村へ周知を徹底します。

Takagi もう一組のTさんも同じ釜石病院から吉田産婦人科へ。お産での入院はできないということで、やっと電気が使えるようになりテレビに流ているテロップで知り、連絡したということでした。

お子さんも居るということでしたので、保育士のYサポーターに担当してもらいました。

釜石病院は産婦人科の先生がお一人で頑張っています。大変な医療現場がうかがわれます。

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2011年3月31日 (木)

沐浴

M3 助産師さんに沐浴させてもらいました。

日本助産師会盛岡支部から来ていただきました。

M5 肌着を着せてもらいました。足も長いね。

M4_2 ほう~、気持ちよかった~。ママに抱っこされて幸せそう。

よかったね。光希ちゃん。

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2011年3月29日 (火)

光希ちゃん

Minami3 明日、赤ちゃんとお母さんが退院してきますのでしばらく滞在するアパートの準備です。そのアパートで取材を受けました。

お父さんも一緒に下見です。

生活できるために、ガスレンジや鍋、冷蔵庫、洗濯機、コタツ、炊飯器などの電気用品、照明器具、布団、赤ちゃん用品、当面のお米、トイレットペーパー、洗剤類、生活するって結構物が必要ね。

B5 本部では学生ボランティアが一世帯づつ分け、すぐ入居者が出たらもっていけるように用意しています。

B3_2 こんな風にリストも作って。

B4 各地から生活物資や赤ちゃん物資が届いています。それも要請にすぐ応じられるように、せっかくの思いを無駄にしないようにと分類され出番を待っています。

B1 B2_2

こういう地味なボランティアで事業全体が支えられています。今の若者捨てたものじゃないです。復興していい社会が来ると信じられます。

明日このアパートに入るAさんの赤ちゃんの名前「光希(みつき)ちゃん」ですって。希望に光るようにって。そうよね、いい名前、いい名前ね!

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2011年3月28日 (月)

赤ちゃんの服のサイズ

Bora1 皆さんの暖かい支援物資が届いています。

今日も学生ボランティアの皆さんが、子育て経験者の先輩ボランティアにアドバイスを受け赤ちゃんの服のサイズごとにまとめています。「見ただけでサイズがわかるようになったね」って学生さんが笑ってました。

ご苦労様。

Gakubo1 さあランチ。

これが楽しみ!

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被災した新生児と母親およびその家族受け入れ支援

A 沿岸地で出産し被災した方
沿岸地で被災し住まいを失った新生児と母親およびその家族
新生児と母親は、サンセール盛岡に受け入れ(1週間。無料)、滞在中に助産師による母乳指導、
沐浴指導、育児相談、保健師による健康相談、今後の生活相談等を行う。
サンセール盛岡退所後は家族とともにアパート(即生活可・無料、自炊)、または、盛岡市一時避難所施設「こもれびの宿」(三食付き・無料)にて約1ヶ月間、生活支援を行う。

B盛岡市医療機関で出産し被災した方
盛岡市医療機関で出産し被災地の住まいを失った新生児と母親およびその家族
1ヶ月~2ヶ月間、一時避難所(アパート、寮など)での生活支援を行う。(無料・自炊食材は自己負担)

この支援はNPO法人いわて子育てネットと盛岡市児童福祉課と協働で行っています。

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